京都府の清水寺にお参り


国宝。徳川家光の寄進により寛永10年(1633年)に再建されたもの。「清水の舞台」とも呼ばれる。屋根は寄棟造、檜皮葺きで、正面(南面)左右に入母屋造の翼廊が突き出し、外観に変化を与えている。建物の前半部分は山の斜面にせり出すようにして建てられ、多くの長大な柱(139本という)が「舞台」と呼ばれるせり出し部分を支えている(釘は使われていない)。


このような構造を「懸造(かけづくり)」、あるいは「舞台造」と言い、観音菩薩は補陀洛山(ふだらくさん)に現われるという『法華経』「観世音菩薩普門品」(観音経)の所説に基づくものである。なお、同じく観音霊場である長谷寺や石山寺の本堂も同様の「懸造」である。






内々陣には、3基の厨子が置かれ、中央の厨子には本尊の千手観音立像、向かって右の厨子には毘沙門天立像、左の厨子には地蔵菩薩立像をそれぞれ安置する。三尊とも秘仏である。本尊厨子の左右には千手観音の眷属である二十八部衆像を安置し、内々陣左右端には風神・雷神像が安置される。

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このページは、sv301_006が2009年12月11日 09:41に書いたブログ記事です。

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